小さなダンスパフォーマンス
- 寒川明香 -
2024/12/16(mon.)


BAR小春日 占いの日
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2024/12/10(tue.)


おはなしおはなし
- 紙芝居と語り部 -
2024/08/19(mon.)


BAR小春日 占いの日
- mikoto -
2024/06/11(tue.)
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BAR小春日
- 映画を観る日 -
2023/12/18(Mon.)
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BAR小春日 占いの日
- mikoto -
2023/12/07(thu.)
終了しました


Perpetual motion machine : take 2
2023.04.30(Sun)
1st time / 17:00 - 19:30
2nd time / 19:30 - 22:00
charge / ¥1,000 +1drink
hanogram / k:soul:y a.k.a YAN / Shona Omae / Taro Ichikawa
Venue : BAR koharubi
終了しました

Perpetual motion machine : take 2
よしておこうと思っていても気づけばやってしまうことがたくさんあって、それはたとえばあてもなく酒を飲んだりひっきりなく煙草を吸ったり意味もなく金を使ったり際限なく争ったりだったりするけれど、そういうことがやめられないのはたぶん僕たちの不完全さによるのだと思う。人間が人間的になって10万年以上の時が経って、言語は文化を加速度的に進歩させ技術はますます発達しいよいよバイクくらいなら空を飛ぶ時代が来たけれど、僕たちは不完全だ。気づけばべろべろに酔っ払うし言わないでいいことを言ってしまうし怒りたくもないのに怒るし売られた喧嘩はいつまでたっても買ってしまう。その不完全さによって傷つくこともあれば傷つけてしまうこともあり、そうやってぼろぼろになりながら人はそれぞれそれぞれのいびつさを抱えて生きてきて、この先もずっと生きていくんだと思う。できることなら傷つけたくはないし傷つきたくもないけれど、どこまでもいびつな僕たちにそんなことができるのかはわからない。だからせめて優しくありたいと思う。どんな傷も傷のまま、舐めるでもなく癒やすでもなくそのまま受け入れたいと思う。ただすでもなく、さらけ出すでもなく、ただ誰もが不完全でいびつなひとりの人間としてそっとそこにいられるようにしたいと思う。すぐにああせいこうせい言う世の中で、そんな時間と空間が、どこかにひとつくらいあっていいんじゃなかろうか。そんなどこかをつくれたら、それはとても素敵なんじゃなかろうか。そんなことを考える今日このごろ。
そしてつまるところパーペチュアルモーションマシン:take.2は、そのような試みなのです。たぶん。
Perpetual motion machine : take 1
2022.10.19(Wed.) 20:00 - 22:00
Charge : ¥500-
Venue : BAR koharubi
終了しました

Perpetual motion machine : take 1
気がつくと何かのために生きてしまう。
将来のために勉強をして、生活のために仕事をして、老後のために貯金して、もしくは明日のために酒は控えて、痩せるために食べないようにして、死なないために生きるようにして、だけどそのうち 力尽きる。べつにパンクスではないのでそんなのくそ食らえだとは思わないけど(思うけど)、誰のためにもならないような、何の役にも立たないような、目的もなく漂流するような、そういう時間を過ごしていると奇妙な充実感があったりする。
パーペチュアルモーション、つまり永久運動というのがこの地上でありうるとしたら、その運動に対する抵抗とちょうど同じ大きさの動力だけをつくりつづける装置を発明せねばならない。力が大きすぎても、小さすぎてもいけない。加速しても減速してもいけない。永久機関(パーペチュアルモーションマシン)は何も生み出さない。何も破壊しない。永久機関はどこにもいかない。ただそこで動きつづけるだけだ。何とも関係せず、世界から孤立して、永久機関は動きつづける(関係は摩擦を生んでしまう)。そのような装置を想像すると、とても美しい。
そしてもしそんな時間をつくれたら、それはとても美しいことだと思う。
思いません?